2010年05月28日

『トロッコ』初日舞台挨拶レポート!

5月22日(土)にシネスイッチ銀座にて、初日舞台挨拶が行われました。ぴかぴか(新しい)
緊張した面持ちの川口監督、「トロッコ」カラーの鮮やかな緑色のドレスが素敵な母親役の尾野真千子さん、なんとも饒舌だったお兄ちゃん役の原田賢人くんexclamation客席は満席・立ち見も出る大盛況で熱気ムンムンでしたexclamation
舞台挨拶の一部をレポートします。

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Q:本日お越し下さった方々に一言

監督:本当に今日は来て下さってありがとうございます。私の祖父が映画をよく見にきていた銀座で公開できて、とてもうれしく思います。

原田:今日は「トロッコ」にお越しいただき、ありがとうございます。この映画は、監督さん、共演者さん、スタッフに支えられて、実力以上の演技をみせることができました。

あまりに立派なご挨拶に登壇者も客席もビックリ。
思わず拍手と笑いが客席から沸きあがりました!


Q:台湾ロケ、海外での撮影について
監督:台湾人の撮影監督リー・ピンビンさんの「台湾にはトロッコが残っている」との一言で始まり行ったんですが、有名なホウ・シャオシェン監督が「俺は日本人の映画監督やスタッフには昔に世話になったから、お前のことは知らないけど応援してやる」と言ってくれたんです。日本の映画の大先輩たちとホウ・シャオシェン監督に感謝です。こういう気持ちを後輩に引き継いでいきたいなと思いました。

原田:台湾は自然がいっぱいあって良かったです。でも撮影中は、他の監督は「はい、カットです」と元気よく言うんですけど、川口監督は「はい、いいでしょう」と言って終わるので、ちょっと自分の演技がどうなのかずっと不安でした。

監督:いや〜。いいからいいと言ったんだけど、こんなこと言われると思ってもみなかった(笑)。

尾野:撮影現場は何も言葉が通じなくて最初は大変だったんですけど、身振り手振りというのは本当に通じるんだなと思いましたね(笑)相手役の人とも身振り手振りで、“こういう風にやろう”と話してましたね。



Q:熱狂的に受け入れられたムンバイ映画祭での上映について
監督:ムンバイというたくさん映画が撮られる場所で観ていただき、インドの方にもすごく喜んでいただきました。インドの方は喜怒哀楽がハッキリしていて、特に弟役の鴇に笑ったり泣いたりしていましたね。最後は拍手していただきまして、サリーの方が近づいてきて、私の孫を思い出したとか、自分のおじいちゃんを思い出したとか感想を話してくれました。また、インドはイギリスとの関係があるので、イギリスなどへの思いもあったようです。こういった全く常識や慣習の違う人たちに観てもらって、感激して下さったのは嬉しかったです。


Q母親役について
尾野:以前に子供が亡くなった母親役はありますが、目の前に子供がいるというのは初めてだったんです。初めてだったので、子供をどう扱っていいかわからなくて・・・。よく現場の前に子供とのコミュニケーションの時間を設けて頂くことがあるんですが、私は今回はしなかったんです。どうしていいかわからなくて、ただただ台本を読んで、(子供との)距離感のある母親役ということもあったので、ほっとこうと思いました(笑)。子供は子供で成長するし、私は私で成長していきたいという気持ちがありましたので、そのままの“原田賢人くん”と“尾野真千子”で台湾入りをして、そうするとなんとなく仲良くなってくるんですよ。なぜかというと、台湾のキャスト、スタッフたちと子供がつながってゆく、そうすると私も自然と仲間に入れてもらっていて、仲良くなってくる。気がつけば、いつの間にか子供との距離が縮まっていって、今は楽しい思い出しか残っていないですね。
   映画の通りに、距離がどんどん縮まっていったのかなと思います。

Q:尾野さんの母親役について
原田:会場にいるお母さんには申し訳ないんですけど、尾野真千子さんは若くてキレイで、こんなお母さんだったらいいなと思います(笑)。

尾野:いい子供ですね(笑)

尾野さん、原田くんの頭をなでなで!

Q:監督から最後に一言

監督:日本の社会がすごく閉塞的な社会になっていて、元気づけたいと思っています。歯を食いしばって誰のせいにもしないで生きている親御さんとか、子育てに一生懸命頑張っていらっしゃる女性の方たちとかを応援したいという気持ちで、この映画を撮りました。一人でも多くの人に見てもらいたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

posted by トロッコスタッフ at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | スタッフ日記

『トロッコ』旅日記4

ぴかぴか(新しい)いよいよ、終盤に差し掛かってまいりました、
映画制作の軌跡、第4段exclamation×2

2008年8月3日 クランクイン 
「東京のマンション」を台北市内にて撮影

8月4日「台湾高速鉄道(新幹線)車内」と「花蓮駅構内」
凱、あまりの蒸し暑さに花蓮駅で鼻血噴出、カメラが回っていたら
『トロッコ』唯一のバイオレンス・シーン!」となるところだった。あせあせ(飛び散る汗)

8月5日 花蓮「南平駅前」
本当にDSに夢中な二人、
孟天下に汗びっしょりで骨壷を抱えて走り回る夕美子、
マイペースな孟堅・・ドキュメンタリーですか?
と言うくらいに皆、そのまんま。

8月7〜8日「おじいちゃんの家」
7月中に一度台風で吹き飛ばされていた、
屋根の修復はかろうじて間に合った。
加えて音楽の川井郁子さんから返事を頂いた。
監督の想いがまた一つ実現した瞬間、
現場の士気がまた一気に盛り上がる。どんっ(衝撃)

8月9日「奉天公廟(寺)」
小鳥が柱に激突し失神exclamation
再び羽ばたき始めた彼(小鳥)の役者魂に感動もうやだ〜(悲しい顔)exclamation

8月10〜11日「おじいちゃんの家」
敦、凱、ついに散髪exclamation
覚悟はしていたものの「自慢の長髪」をバッサリ切られ、
落ち込んだ敦。がく〜(落胆した顔)

8月14〜16日「おじいちゃんの家」
夕美子とおばあちゃん、縁側でのシーン。二人の静かな時間に、
皆が惹き込まれた。

8月17日「走るトロッコ」
運動神経抜群のブライアンに押されてトロッコが疾走exclamation 
敦と凱は“素”に戻ってキャアキャア喜ぶ。わーい(嬉しい顔)

8月20日「おじいちゃんの家の前
夜、山から帰って来た敦・凱を夕美子がぎゅっと抱きしめた。
カメラの後ろで、タオルやTシャツで顔を拭うスタッフ続出、汗じゃないよね?あせあせ(飛び散る汗)

8月22日「おじいちゃんの家」
日本にお帰りなさい・・。
夕美子の万感胸に迫るこのシーンを演じ切り、尾野真千子さん撮影すべて終了。

8月28〜30日「山の中のトロッコ」
宜蘭県に移動し、太平山の中で「トロッコの旅」撮影。
現場は足場の悪い旧線路の上を2キロほど山奥に入ったところ、
皆で子供たちの手を引いて行く。
撮影中に凱を乗せたトロッコが脱線、崖から落ちそうになり、
一同悲鳴exclamation
冷静だった子供たち・・本当によく頑張ってくれた。
30日、日没と同時にクランクアップ。
posted by トロッコスタッフ at 11:06| Comment(0) | TrackBack(0) | スタッフ日記

2010年05月24日

『トロッコ』旅日記3

先週に続きまして、制作の軌跡、第三弾になりますぴかぴか(新しい)

2008年6月中旬 夕美子役が尾野真千子さんに決定!
「台湾に行きます」と尾野さんから返事を頂く。

2008年7月7日 監督と助監督・西原が台北入り。
台湾スタッフが全員フル回転で動き出す。この夜、旅館でオーディションのビデオを見ながら朝まで話し合い、子役の二人を最終決定する。
    
2008年7月10日 監督、制作部、美術部で花蓮ロケハンに向かう。

一番の課題はメイン・セットとなる「おじいちゃんの家」を見つけること。花蓮中の‘日本風家屋の残るエリア’を回った結果、「林田山林業文化園区」という林務局管轄の保護区の空家(完全な廃屋だった)を飾り込むことになった。この保護区の一角には今も一般の人が住む住居エリア(注5)がある。ここは唯一「高架線路」(注6)を360度から撮影できる場所もあった。
(注5)当時、林田山で林業に従事する人々、日本人も住んでいた宿舎の名残り。日本
     風の家屋が建ち並ぶ。
(注6)敦・凱が恐る恐る渡って行く橋の上の線路。

2008年8月1日 日本キャスト台湾入り。

子役二人はすでに「敦」「凱」と呼ばれ、「夕美子」もスーツケースを引いて空港ロビーに現れる――映画『トロッコ』はもう始まっていた。

2008年8月2日 製作発表記者会見
台北フィルムコミッションのバックアップで、製作発表記者会見を開く。これが日台キャストの初顔合わせ。おじいちゃん役のホン・リウ、おばあちゃん役のメイ・ファンの間にちょこんと座った「敦」と「凱」が本当の孫に見えた。時折、騒ぐ二人の子役を尾野さんが「どこ行くの?」「座っていなさい」と叱る姿に、チャン・ハンとワン・ファンも「馴染んでるねえ」とニヤニヤ。この時の台北市文化局長の言葉「自分も学生時代に読んだ芥川龍之介の小説が、まさかこの台湾で映画になるとは想像もしていなかった」――が今も胸に残る。

posted by トロッコスタッフ at 14:08| Comment(0) | TrackBack(0) | スタッフ日記

2010年05月20日

『トロッコ』旅日記2

制作の軌跡、第二弾!ぴかぴか(新しい)

更新が大変遅くなり申し訳ございませんでした。
次からはすぐ更新していきますので、みなさま乞うご期待下さいませexclamation×2

2008年4月初旬 台本13稿の中国語翻訳版が上がる。
撮影のリーさんへ具体的なスケジュールの打診。世界中から飛び込んでくるオファーでリーさん自身、スケジュールのやりくりに苦慮しているという状態。「夏ならどうにかなるかも・・」と聞き、「では8月でお願い!」と即座にお願いする。かなりの見切り発車、無謀にも決めてしまった撮影スケジュールのため、超急ピッチの準備に突入。

2008年5月下旬 子役オーディションの開始。
ここから約2ヵ月間で総勢60名余りの子役たちと会う。本作の撮影は8月の一カ月間、付き添いの保護者とともに台湾に行きっぱなしになる。まずその条件を完全クリア出来る子だけに絞り込ませてもらった。それでもこれだけの子たちに会えたのは・・若いお父さんお母さんたちの熱意と勇気に頭の下がる思い。
 同時に、シーミン(注4)から改訂台本が届く。彼というフィルターを透して再構築された台本は、『トロッコ』とは何だったのか、そのエッセンスとは何かを再確認させられるものだった。改訂に次ぐ改訂の内に、却って見失いつつあった‘本来のあるべき姿’が‘あぶり出し’を火にかざした時のように、わぁっと浮き上がって来た感覚。この改訂を受けて再び監督が直しにとりかかる。
(注4) ホアン・シーミン・・台湾の脚本家。中国語台詞の監修、地元の風習を取り込むことをテーマに台本改訂に参加。

2008年6月頭 台本第14稿完成
実はこれを読んで初めて「突進だ!」と思った。もうオーディションも始まり、スタッフも動き出していたが、それでもここまでは常に「8月インが無理な場合」を考え続けていた。14稿が出て初めてすべての退路を断ち切った。
posted by トロッコスタッフ at 20:29| Comment(1) | TrackBack(0) | スタッフ日記